2018年2月24日土曜日

ビットコイナーと世間

仮想通貨とブロックチェーンの歴史的意義を見誤ってはいけない
「現金輸送車が強盗に遭ったからといって、日銀券の信頼が揺るがないのと同じだ」と野口氏は語る。
そんな風に考えていた時期が、俺にもありました。でもビットコイナーの皆様、ちょっと待ってください。例えば、現金輸送車から580億円が盗まれ、盗まれた銀行が数百万人の口座を預金封鎖して再開目途もなく、また1千万の補償もないとしたら、それでも世間の日銀券への信頼は揺るがないのでしょうか。

あるいは、ある銀行が一人の預金者に対して、システムバグで2,246兆3,805億円の預金がある状態にしてしまったとしたら、それでも世間の日銀券への信頼は揺るがないのでしょうか。

日常茶飯事として現金輸送車への襲撃があり、何百億円も盗難され続けている状況で、自分の口座がいつ預金封鎖になるかも分からないとしたら、それでも世間の日銀券への信頼は揺るがないのでしょうか。

どの銀行でも1千万円の補償が無く、またどの銀行も安全と限らず、タンス預金が推奨されるような状態だとして、それでも世間の日銀券への信頼は揺るがないのでしょうか。

そんな状態なら、日銀券をドルやユーロに変える人も多いのではないでしょうか。現に、自国の通貨が信用できない国の人々が、他の通貨に変えているのは珍しいことではありません。制度上万全に保全されている日銀券を仮想通貨の喩えに用いるのは、そもそも適切なのでしょうか。

ハッキングは取引所固有の問題で、ブロックチェーン自体は問題ない、というのは分かりますが、取引所も間違いなくコミュニティの一部であり、仮想通貨の信用に関係ないというのは違和感があります。

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